2003~2020年度の川崎医科大学衛生学の記録 ➡ その後はウェブ版「雲心月性」です。
2008年 衛生学(教育と研究より)


教育重点および概要

我々の教室では,3学年に対して「予防と健康管理」・「保健医療」・「医用中毒」の各ブロックにおいて,環境衛生・労働衛生・食品衛生を中心に講義を行っている。この3つのブロック講義は,2004年度より新設されたものであり,公衆衛生学・健康管理学・医用中毒学・リハビリテーション医学の各教室と,我々の教室とをコアとして編成されたものである。中でも,前二者では,疾病の予防や健康の維持・増進に関する事項を系統的に講義するために,ブロック講義としての特性を充分に生かして,栄養部や口腔外科の先生にもご協力を頂いている。また,数年前まで単一教室では担当教員の人員不足のために地域医療あるいは環境医学としての現場の実態を見る機会を学生諸子に授ける機会を失していたのであるが,ブロック化と複数教室の参画によりその新設以来,見学実習も行えるようになった。学外の多くの施設のご協力を得ながら,環境保健調査・地域保健活動・健康診断やtotal health promotion・老人保健と介護福祉問題・難病や感染症対策・産業保健・廃棄物処理と上下水道問題を含む水質環境などの現場で,学生諸子は有意義な見学実習を遂行してくれていると信じている。
2006年度から学生諸子には我々の領域に関連するビデオを聴講した後に,キーワードを選んで文献の検索をすること,そして,その概要をまとめた上で,レポートを作成するような課題を開始している。実際には,まず2回のコマを使って4本のビデオを見てもらった。以下のビデオ(昨年とは異なる)を視聴してもらいました。第1回:1)クローズアップ現代,H18/11/30 うつ病,2)サイエンスZERO H18/6/24,ストレス第2回:1)クローズアップ現代 H17/7/28 アスベスト,2)NHKスペシャル H18/4/14 アスベスト。その上で,学生諸君は,まず,キーボード選択サイトへログインしてもらいます。

そこには,こちらで準備した30名分の英語のキーワードの組み合わせ (例:Depression & SNPs, ental health & Lyfestyle あるいは Asebstos & Mesothelioma, Asbestosis & TGF-beta など)と70余名分の日本語の組み合わせが設定されています(例:メンタルヘルス &産業衛生,ストレス &ヘルスプロモーション あるいは アスベスト &発癌機構,中皮腫 & ヒアルロン酸 など)。このサイトでは,誰かが選んだキーワードの組み合わせは,もう別の学生さんからは選択できないようになっています。また,学生諸君は,学籍番号とパスワードでサイトにログインしてもらうのですが,その際に,誰が英語の key word で,誰が日本語かは,こちらで設定して,学生諸君はログインした段階で,自分がどっちか分かるような仕組みでした。
そして,それぞれ,Pubmed あるいは医学中央雑誌の web-site で,論文を検索し,英語の学生は1編,日本語の学生は2編の論文を選んで,なんとかして入手(勿論, free downroad のものから,学内にあるもの,あるいは館外文献として依頼しなければならないものまで種々です),そして,それを読みます。論文の概要の紹介も含めて,videoの感想と,選んだ論文よりの内容を踏まえて,自分なりに物事を考えて,考察とまとめを書き,レポート(MS-Wにて約五千字)を提出してもらいました。そして,その全レポートは教室のホームページで公開するという形にした(教室ホームページより「教育と研究」サイトへ,そして「教育関連の参考資料」サイトへ,その中の「2006年度 予防と健康管理 大槻範囲 レポート」サイトへ入っていただけますとご覧いただけます)。これは学生皆,良く頑張ってくれたと思える内容であった。勿論,本当は科学論文形式の記述を求めていた処,感想文とレポートの中間のようなものがあったり,選んだ論文を写すことで文字数を稼いだようなのもあって,その辺りは残念ではあったが,しかし,全体として非常に良く書けていると感じられた。かつ,学生諸子は,それなりの厳しい条件を与えても,きちんとそれに反応するだけのキャパシティを有しているのだということも再確認できた。成る程,準備は相当大変ではあったが,このような課題の場合は,成績良好な学生から低迷気味にある学生まで,押し並べて,より普段の修学態度をバージョンアップさせるような課題になったのではないかと自負できる。図らずも,通常は,ついつい成績不振者を通常レベルに上げることに精力を費やすことが多いのであるが,このような工夫によっては,科学論文を検索して読了し考察を加えるという醍醐味を味わってくれた学生も何人かはいたであろうし,このような作業はクリニカルクラークシップの下で症例を診療していく上でも重要な過程となるとも考えられるので,今回の試みはそれなりの軌跡を残せたかも知れないと自負する処である。

○自己評価と反省

医学生教育では,担当教科以外に大槻は3学年の基礎総合演習の主任として,今後のカリキュラム改革を見据えて,臨床教室からの参加を募り,若干の様式を変更することに努力した。また,西村・前田は第2学年のチュートリアル授業のチューターとして参加した。加えて,我々の教室では,2007年度実績として医療短期大学・リハビリテーション学院等々での授業も担当した。これらを情熱持って行い続けることには,非常な精神力も必要であり,教室の両輪である研究面も踏まえた上で充実した人員の元で実施できればこの上ないと考えている。
なお,ともすれば甘味に群がる虫の様に他力本願で自主的な知的好奇心や実践力を,教員側から与えられることにのみ腐心する一部の学生群に対して,それらの群の成績が不振であることを理由に,それらの学生に手取り足取りの世話を焼くことだけに終始することは出来れば避けたい。あるいはそれらの群への対応で時間的に余裕がなくなり,自発的な学習姿勢を持つ学生群を(その姿勢に甘えて放置するような状況も避けたい。いくら甘味を求めてはいても,周囲のどこを探しても見つからない場合は,否応なく少しは自ら動いて豊穣を得るための努力をするであろう。あるいは,学生が自ら発している知的な興味をサイエンスの領域へ導いていくことは先達としての責任でもあろうかと感じられる。その両者は,しかし,授業という枠組みの中で行うことは確かに創意工夫と情熱を必要とはするが,それでも,こちらのポテンシャルを高めることによって・・・・即ち,そういった授業の工夫に「3」の努力が必要な際に,自分の能力が「5」でしかない場合は,全力の6割を費やさねばならず,それは即ち,医学部の社会医学系職員として,社会に貢献すべき医学研究を相対的におろそかにせざるを得ない事態を召喚することになってしまうが,こちらのポテンシャルを「10」にまで高めれば,3割の力で十分な教育への創意工夫と実践が成し得,かつ,研究活動に同程度を割いたとして,残り同等分のポテンシャルを administrativeな仕事や,あるいはその他の諸事に向けることも可能になると思われる。全体力を向上させること,そのためには本分は何かを見極め,それを成就させる努力を惜しまないことが必須となるであろう。
このような点を曲解せずに,教室員一同,努力していきたいと考える。

研究分野および主要研究テーマ

研究分野:環境免疫学

我々の主要研究テーマは,珪酸および珪酸塩(含:アスベスト)による生体影響,主として免疫担当細胞への影響である。珪酸曝露症例即ち珪肺症症例では,自己免疫疾患の合併が多く,アスベスト曝露症例では癌の合併が重要な課題である。視点を免疫担当細胞に置いて,その生体影響と,予防医学として発症回避の方策への実験的なアプローチを行っている。
日本衛生学会において2006年度より繊維状・粒子状物質研究会が学会内の研究会として発足しているが,大槻はその代表も務めることとなり,2006年,2007年ともにシンポジウムを企画,実践し,その成果は,日本衛生学会英文誌(Environ Health Prev Med誌)のミニ特集として刊行されるに至っている。また,2008年もシンポジウムを企画している。
加えて,2006年度7月より,科学技術振興調整費平成18年度分のうち,重要課題解決型研究等の推進  (1) 重要課題解決型研究 の中の「安全・安心で質の高い生活のできる国の実現」というテーマのうち,課題3-1 国民の健康障害に関する研究開発 について,大槻が代表となり取りまとめて提案させていただいた「アスベスト関連疾患への総括的取り組み」を採択していただいた。全国他の五施設とチームを組み,精力的に,いわば国策を代行すると捉えられる本プロジェクトに向って精力的に対峙していかなければならない状況にある。 本邦のアスベスト使用料・輸入量から推定される,今後40年前後に渡って増加することが懸念されている悪性中皮腫症例。潜伏期が30~40年と考えられていることから,あるいは,既に潜伏期に入ってしまわれているかも知れない症例・・・それらの症例に対して「症例登録と,それを基盤とした臨床試験の実施によって治癒率向上を目指すこと」,また,基礎研究から,「将来の治癒率向上を目指した早期診断指標の確立と,治療と予防の新展開に向けた標的分子の同定の努めること」を目標としている。本年度はその2年目となり臨床と基礎,あるいは基礎系教室相互の研究連携を深め成果を挙げていっていると自負している。また,2008年度は中間審査の年度に辺り,一層の精進で教室員一同取り組んで行きたいと決意を日々新たにしている。
また科学研究費などの競争的資金についても,幸い2007~2008年度に掛けては教室員全員が採択課題を与えられ,謂わば,普段の努力に一層の鞭が入った状況にある。我々全員が文字通り寸暇を惜しんで研究に励まなければならない状況を与えられたと感謝し,鋭意,精進していくことを誓っている。

○自己評価と反省

2006年度以降,前述の科学技術振興調整費の関連で,人的かつ機器環境も含めたよ環境整備に思いの外,時間と労力が費やされた感がある。これは,学園全体の増改築の時期も重なって,実験室の移動なども加味されたことにも因るところが大きい。2008年はこの整備された状況を土台として,人的にも充実した陣容を持ち,最大限,本学の研究環境を有効利用した方針で,整備された状況の上に大きな芽を出していけるように努力することが必須となることを,教室員一同が深く心に刻み込んで,日々の研究に対峙していかなければならないと考える。幸い,学会活動や論文執筆についても,精力的な向学心に燃える人員が揃ってきた状況であるが,願わくば,より上のランクのジャーナルへのパブリッシュを適えていかなければならないと考える。但し,それも,夢見るばかりではなく,必要に日々の小さな努力を積み重ねていかなければならないのは当然で,但し,常に,日常の実験レベルの視点,その集まりとして現行のプロジェクトの総括的な方向性,あるいは,それらを統合した形での全体像の把握・・それらの其々の視点を,常に忘れることなく,研究に携わらなければならないと考える。

将来の改善方法

各項「自己評価と反省」欄参照